COLLECTION
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《木彫り三ツ折レ 市松人形》
- 作品解説
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京阪で「いちまさん」として親しまれる市松人形の名称は、江戸時代中期の歌舞伎役者、佐野川市松(1722-1762)に由来する。市松は、上方の歌舞伎の若衆方として人気を得、江戸に移って一世を風靡した。当時、似顔人形が市松寄合(市松のファンクラブ)に向けて売り出され、市松人形と称されたという。さらに、佐野川市松が「高野心中」の粂之助役で石畳模様の袴を用いると、その人気のゆえにその柄も市松模様と通称されるほどだった。市松人形は、抱き人形とも、三つ折れ人形とも呼ばれ、腰、膝、足首の三ヶ所とともに腕も折れ曲がるように作られている。江戸時代の市松人形は、男の子の姿が多かったが、天保年間(1831-1845)には雛段にも飾られていたようだ。
本作は、おかっぱ髪に赤の総疋田絞りの振袖を着る。素晴らしい手絞り技術で染められたもので、製作当時、総疋田絞り職人は3人ほどしかいなかったという。黒地の帯には、京都でこよなく好まれる光琳菊紋様(一般にまんじゅう菊、万寿菊とも呼ぶ)が施される。夏衣装は、京都国立博物館所蔵の「帷子(かたびら) 白麻地七夕文様」を本歌として、絽(ろ)に染めたものである。